原子核理論グループ
Nuclear Theory Group
教授:肥山 詠美子
准教授:佐々木 勝一、 渡邉 和宏
講師:吉田 大輔
助教:小野 章、神谷有輝
原子核理論研究室では、自然界で知られている4つの基本相互作用の一つである「強い相互作用」—量子色力学(QCD)—について、その理論的基礎から現象論的側面に至るまで、多彩な手法を通して幅広く研究を行っています。

図は分子から素粒子までの階層構造を表していますが、強い相互作用は、約10−14m 以下のミクロな世界でのみ働く力です。QCDにおける素粒子はクォークとグルーオンと呼ばれる粒子で、「色電荷」を持っています。これらの色電荷を持ったものが中性になるように集まって、核子(陽子・中性子)といった重粒子やπ中間子といったハドロンと呼ばれる複合粒子を形作ります。これらは原子核物理の基礎 的な自由度であると同時に、相互作用を媒介する粒子ともなります。
原子核物理においては、以上のハドロン自由度のダイナミクスの多彩さに加えて、量子多体系独特の質(集団運動、クラスター化、量子カオスなど)がさらに加わり、豊かな原子核構造が生み出されます。さらには、クォークにもいくつかの種類(フレーバー)があることを反映して、核子以外にもハイペロンと呼ばれるストレンジネス荷を持つクォークを含む重粒子が存在します。通常の核子に加えてハイペロンを加わった原子核をハイパー核と呼びます。
原子核理論で扱う物理は学際的意義を強く持っています。例えば、核子などが極限まで巨視的に集まってできる中性子星の研究においては、原子核構造からクォーク自由度に至る物理の理解が欠かせません。また、原子核物理の量子多体系・物性物理としての側面に注目して、スケールの異なる階層の量子系(例えば原子物理)に共通に現れる普遍性を抽出する試みがなされており、「強く相関する量子系」をキーワードに研究の範囲が広がっています。
当研究室では、次に挙げる具体的なテーマについて、教授・准教授が中心となるサブグループ毎に研究を行っています。
ハドロンと格子QCD
QCD には低エネルギーにいくほど相互作用が強くなるという性質があり、相互作用を摂動論的に扱う手法が使えなくなります。QCD を非摂動的に計算する方法として考案されたものが、「格子 QCD」と呼ばれる数値的手法です。
ハドロン物理学は、研究対象となるハドロンが「強い相互作用をする物質」ということで 原子核物理学の一分野として位置づけられていますが、理論的手法は素粒子論の基礎となる場の量子論およびゲージ理論に基づいており、素粒子・原子核にまたがる横断的な研究領域です。
高エネルギーハドロン・原子核物理
CERNのLHCやBNLのRHICといった加速器実験では、光速近くまで加速された高エネルギーの陽子や原子核を衝突させることで、強い相互作用の研究が行われています。衝突により陽子や原子核は破砕され、ハドロン内部に閉じ込められたクォークやグルーオンの散乱が起こるため、観測された粒子の解析を通じて、クォークとグルーオンのダイナミクスやハドロンの量子構造を解明することが可能です。また、標的原子核の核種を変更することで衝突システムのサイズを制御できるため、初期宇宙に存在したクォーク・グルーオン・プラズマ (QGP)の生成やその物性を調査できます。さらに、終状態のハドロン対運動量相関を解析するフェムトスコピーと呼ばれる手法を用いることで、低エネルギー散乱実験で扱うのが難しいハイペロンなどのハドロン間相互作用の特定や共鳴状態の研究が盛んに行われています。これらの研究の一部は、2032年頃に本格稼働予定のBNLにおける世界初の電子-原子核衝突型加速器(EIC)実験によって、さらなる高精度化が期待されています。本研究室では、国際的な高エネルギー実験グループと密接に連携し、さまざまな理論的枠組みを適用することで、高エネルギーハドロン・原子核物理における新たな現象の解明を目指しています。
原子核の微視的理論
原子核は核子が核力という強い相互作用により自己束縛している状態で、陽子と中性子それぞれの個数やその励起エネルギーの与え方の違いによって、多様な性質が発現します。原子核やその反応に現れる運動には、核子の軌道運動による独立粒子的な面と、振動や回転、圧縮や膨張といった多数の核子の寄与による集団的な面があり、さらにはそれらが複合した状態や少数の核子で組を作るクラスター相関の発現などもあります。これらの多様な現象や核子からなる物質の性質の統一的理解を目指し、主に核子自由度に基づく微視的なアプローチを用いて研究を進めています。
少数多体系問題からみた原子核、クオーク多体系、原子分子
近年の物理の興味ある課題の中には、少数粒子系(3体以上)のシュレディンガー方程式を「精密に」解くことに帰着するものが多く存在します。「精密」に解くことによって、新しい物理を発見することが多々あります。そのため、この方程式を精密に解き、かつ、広く適用できる計算法を確立ことが重要となります。「無限小ガウス・ローブ基底関数」を用いたガウス展開法という独自の計算法を開発、この計算法を、原子核、ハドロン、原子分野に幅広く適用し、更なる新しい分野への研究展開が期待されます。
量子系における普遍性
多粒子系が示す相転移・臨界現象では、気液相転移と強磁性転移の例をはじめ、全く異なる系が統一的に理解できる普遍性(ユニバーサリティ)という重要な概念があります。少数粒子系においても、原子、原子核、固体電子系などが全く同じ量子少数系の現象(例えばエフィモフ状態と呼ばれる3粒子現象)を示すことがあり、このようなユニバーサリティに着目した研究を進めています。