Sendai Nuclear Science Colloquium (No. 150)

サイクロトロンでの超高品質ビームの実現とさらなる極超高品質ビームへの挑戦<br> --実践と新しい非線形軌道理論のAからZまで--

佐藤 健次

大阪大学核物理研究センター

日時:2002年03月22日(金) 14:00-15:30

場所:サイクロトロンラジオアイソトープセンター会議室

Aとは Appendix(付録),Zとは Zatsudan(雑談)の頭文字である.それに加えて,AとZの間にある,Dと言うDassen(脱線)やEと言うEpisode(挿話)が幅を利かす内容の話になる.第1部 実践篇:超高品質ビームの実現直流装置とも言えるサイクロトロン加速器のビームの品質は,計算や期待に反して,案外と良くない事態が続いて来た.その原因を磁場の時間的変動に求め,その磁場変動の原因の追求を行ったところ,偶然にも,電磁石の鉄芯温度の変化が主たる原因であることを示す現象に遭遇した.そこで,磁場が変化すると,励磁コイルの電流値を調整するのではなく,コイルの冷却水温度を調整することを思い付き,それによって,磁場の変動を抑える方法を試みた.その結果,磁場が長時間安定し,従来の品質を凌ぐビームが実現された.その例には,高分解能磁気スペクトログラフ Grand Raiden用いて,0度方向の低バックグラウンド測定が実現したことが挙げられる.これに勢いを得て,鉄芯の温度を励磁電流の大きさに依らず一定にする方法として,コイルの冷却水の入口の温度と出口の温度との平均値を,励磁電流の大きさに依らず,常に一定に保つように,数年をかけて冷却水システムの手直しを行った.その結果,鉄芯温度が常に安定し,磁場も所定の強さに短時間で到達し,その状態が長時間続くようになり,超高品質と呼ばれるビームが実現できるようになった.例えば,400MeVの陽子ビームのエネルギー幅は70keV程度と,それ自体で超高品質であるが,さらに,それをビーム輸送して,Grand Raidenと分散整合と角度分散整合してやると,弾性散乱や非弾性散乱のエネルギー幅は,世界記録である16keVとなっている.第1部では,これらの経緯を,A,D,E,Zを交えながら,紹介する.第2部 理論篇:新しい非線形軌道理論の必要性と極超高品質ビームへの挑戦冷却水システムの手直しがまだ済んでいないとき,70keVのエネルギー幅が4倍以上広がって,300keVにもなる現象に遭遇した.そのとき,磁場が変動していることに気付き,そこで,コイルの電流を僅かに調整して,磁場を2ppm(百万分の2)程度下げてやると,元の70keVに戻った.サイクロトロンでは,ビームの軌道は簡単なようで複雑な振る舞いを示す面もあり,従来の軌道理論でこの現象を説明できる可能性もあるものの,磁場のずれが僅かであるだけに,従来の軌道理論では無理があると考えた.ところで,サイクロトロンでは等時性が実現されていることになっているが,それは,位相の運動方程式において,エネルギーのずれの一次の項の係数をゼロにすることに相当している.そこで,一次の項が存在しないのであれば,エネルギーのずれの二乗の項を含めると良いことに気付いた.この非線形軌道理論においては,エネルギーのずれの二乗と磁場のずれとが比例関係にあり,磁場が高くなって正側にずれると,エネルギーのずれが磁場の平方根に比例する現象が発生する.それを数値的に評価すると,磁場が2ppm高くなると,エネルギーのずれが300keVになり,実際の現象を定量的に説明できることが分かった.こうして,新しい非線形軌道理論の必要性が明らかになって来たが,このことは,サイクロトロンでビームが加速されて行く過程では,非線形の歪みが生じることを意味している.従って,超高品質の70keVでさえ非線形の歪みの結果である可能性が高い.そこで,サイクロトロンに入射するビームに,前以て,非線形の歪みを与えておけば,加速によってその歪みが相殺され,超高品質を凌ぐ,極超高品質のビームが実現される可能性があると思われる. 未だ,サイクロトロンでの非線形軌道理論が解き切れていないので,入射ビームをどのように歪めてやれば良いのか,また,それにはどのような装置が必要なのか,分かっていない.ただ,例えて言えば,磁場の下での荷電粒子の運動において,非線形の二次の項の効果を制御するには六極磁石が必要であったが,それに対応する装置を開発することに匹敵すると言えよう.まさしく,これらの研究は,極超高品質ビームへの挑戦である.第2部では,エネルギーのずれの二乗の項を含む非線形運動方程式を紹介する.